『赤毛のアン』と英文学史

大学を卒業して数年経ちますが、たまに当時の授業の課題にもう一度チャレンジしたいと思うことがあります。
「あ、こんな風に書けばよかったな」「こういうネタをレポートに入れるべきだった」と、今になっていいアイディアが浮かんできたりするんです。いや、今だからこそ浮かんでくるんでしょう。私は英文学科生でイギリス文学を選考していたので、それに関わる映画や小説、番組などを眺めているとなんだかうずうずしてきます。

『赤毛のアン』に散りばめられた英文学作品

この前は、Netflixのドラマ『Anne with an E』を見ていて、ふと、アンが「コーディリア」と言う名前にこだわっていることが気になりました。アンは「コーディリアと呼んでほしい」と養母マリラにお願いしたり、美しい景色を見て空想の友達「コーディリア」と戯れたりするのです。

例えば、

「さあ、もう泣くのはおよし。別に、すぐさま外に追い出すわけじゃありませんよ。事がはっきりするまでは、ここにいなきゃならないんですから。名前はなんと言うんだい?」
女の子は、一瞬、ためらってから、「コーデリアと呼んで頂けますか?」と熱心に頼んだ。
「コーデリアだって!それがあんたの名前かい?」
「いいえ、あの、厳密に言うとそうじゃないんですけど、でも、コーデリアと呼ばれたいんです。すばらしく優雅(エレガント)な名前なんですもの」(43)

ここで英文学を少ぅし齧っていると、アンはシェイクスピアの『リア王(King Lear)』の「コーディリア」に憧れているんだろうなぁと気がつきます。「コーディリア(Cordiria)」とはリア王の末娘の名前。慈愛に満ちた少女で、慎みがあり、それゆえに悲劇の運命を辿ることになったヒロイン。彼女は口数の少なさの為に誤解を招き、最愛の父・リア王から勘当されてしまう。リア王がその過ちに気づいた時には、コーディリアはこの世の者ではなくなっていた、というストーリーです。

きっとアンは彼女の悲劇的な境遇と自分を重ねているのでしょう。親に愛されながらも、家族と永遠に離れ離れになってしまう。孤児のアンにとって、「親に愛されていた」という部分が重要なのだと思います。

このように『赤毛のアン』の中には英文学や聖書のモチーフがいたるところに散りばめられています。『赤毛のアン』は小説であると同時に、モンゴメリ女史の英文学講座なのです。

『アン』をとことん追いかけた翻訳者、松本侑子

2014年の朝ドラ「花子とアン」でおなじみの村岡花子をはじめ、10人以上の翻訳者が『赤毛のアン』の邦訳を手がけています。
その中でも松本侑子訳の『赤毛のアン』(集英社)は注釈が豊富で、そっちを読むのが楽しいくらい。
松本さんがすごいのは、モンゴメリが付けていった付箋の数々を、一つ一つ丁寧に辿っていったこと。集英社版の文庫には約100ページにも及ぶ脚注がまとめられているのですが、これらは彼女が調べ上げたものなのです。彼女が具体的にどのような方法をとったのかが、『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』(集英社)という本にまとめられています。

『アン』の中で、妙に指摘で古風な一節には、ラインマーカーをひいて、リストを作っていた。その数は、700か所をこえていた。その700をの文章と語句をタイプして、フロッピー1枚1枚を対象にして、一致するかどうかを調べたのだ*1。(21)

実は文学作品の引用をまとめたデータベースがあるのです。そこに検索ワードをかけると一致する作品・箇所が探し出せるのですが、それにしても700を超える膨大な量を地道に探していったという研究者魂には頭が上がりません。
『赤毛のアン』をもっと深く読みたいのなら、ぜひ松本侑子訳を読んでみることをおすすめします。

アンの母と「屋根裏の狂女」

『赤毛のアン』の背景にある英文学の道筋を意識して読み出すと、まだ回収しきれていないモンゴメリ女史の付箋が残っているような気がしてきます。私が一つ気になってしまったのは、アンの母親の名前。

アンの母はBertha Shirley(バーサ・シャーリー)といいます。この「バーサ」という名前はゲルマンに起源をもち、「輝かしい(bright, famous)」という意味があります*2。
私は「バーサ」という名前を聞くと、真っ先に「屋根裏の狂女」という言葉を思い出してしまうのです。これは『ジェーン・エア』の登場するクレオールの女で、気が狂ったために屋敷の屋根裏に監禁され、最後は屋敷と共に焼け死んでしまいます。
19世紀当時、作者のシャーロット・ブロンテはバーサを醜く恐ろしい女として描きました。しかし、1960年代になると、女性作家Jean Rhys(ジーン・リース)の手によって、もう一度バーサが描かれます。1966年に発表された『サルガッソーの広い海(原題:Wide Sargasso Sea)』は、「屋根裏の狂女」を主人公にしたフィクション。この作品では、バーサの生い立ちや苦悩に満ちた人生が描き直されるのです。それまでスポットライトを浴びることのなかったマイノリティたちに、語る機会が与えられるようになるのです。
1960年代はマイノリティの人権解放に向けた活動が盛んでした。そうした中で、「女性」であり「精神病患者」、さらには植民地生まれの白人として差別的な目に晒された「クレオール」であったバーサの物語は、思想の潮流に迎合されたのでしょう。ちなみに著者のリース自身もクレオールでした。

「屋根裏の狂女」という言葉は、サンドラ・ギルバートとスーザン・グーバーの著書、『屋根裏の狂女:ブロンテと共に』から拝借したもの。この本は文学作品をフェミニズムの視点から批評したもので、1980年年代後半に出版されました。このように『ジェーン・エア』の狂女バーサは、100年の時を経て新たなヒロインとなりました。

こんな勉強を大学時代にしていたものだから、「バーサ・シャーリー」という名前に過剰に反応してしまったのですね。何かモンゴメリの意図があるかもしれない!と興奮気味に色々探しましたが、特に屋根裏の狂女との接点は見つかりませんでした。
ただの私の早とちりだでした。

『赤毛のアン』は少女文学ではない

ここまで読んでもらうと、実は『赤毛のアン』は大人が読んでも遜色ない立派な小説であることがわかるのではないでしょうか。日本では少女向けに少々書き換えられたもの(村岡花子訳もそう)が有名であるためか、少女文学の一作品と見なされがちです。しかしモンゴメリのウィットに富んだ文章を味わえるのは、たくさんの英文学作品に触れ、知識を蓄えた「オトナ」なのかもしれません。
そうした意味では、私もまだまだ勉強不足で経験不足のコドモですな。

参考文献:
『赤毛のアン』、L.M.モンゴメリ、松本侑子訳、集英社、2000年
『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』、松本侑子、集英社、2001年

*1 彼女が作業を行った当時はまだインターネットやCD-ROMではなく、フロッピーでデータの保存を行っていた。
*2 “Behind the Name”を参照(https://www.behindthename.com/name/bertha